即時取得
2025年11月19日
『国家試験受験のためのよくわかる判例〔第2版〕』 西村和彦著・2024年9月6日
ISBNISBN 978-4-426-13029-9
ガイダンス
即時取得(民法192条)とは、無権利者を権利者と信頼して動産に関する権利を取得する者を保護するための制度であり、善意取得ともいいます。民法192条の要件を満たすと、動産の占有者は、原則として、当該動産の所有権等を取得することができます。ただし、当該動産が盗品または遺失物である場合には、後述の被害者、遺失者に回復請求が認められています(193条)。
占有改定と即時取得 (最判昭35.2.11)
■事件の概要
Xは、Aとの間で、Yが所有する発電機(本件動産)の売買契約を締結した。この契約には、「Aが期日までに代金を支払わないときは、契約は無効となる」旨の定めがあったが、Aが期日までに代金を支払わなかったため、当該契約は無効になった。しかし、Aは、自分を本件動産の所有者であると信じ、そう信じたことに過失のないXに本件動産を売却し、占有改定の方法により引き渡した。一方、本件動産をXに売却することができなかったYは、本件動産をZに売却し、現実に引き渡した。
判例ナビ
Xは、本件動産をZの下から運び出そうとしましたが、Yに阻止され、Zがこれを持ち去ったため、YとZに対し、本件動産の所有権の確認と引渡しを求める訴えを提起しました。訴訟において、Xは、占有改定を民法192条の「占有」に含まれるから、本件動産を即時取得すると主張しましたが、第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。
■無権利者の判断
無権利者から動産の譲渡を受けた場合において、譲受人が民法192条によりその所有権を取得しうるためには、一般外観上従来の占有状態に変動を生ずるがごとき占有を取得することを要し、かかる状態に一般外観上変動なきいわゆる占有改定の方法による取得をもっては足らないものといわなければならない。
解説
民法は、占有取得の方法として、現実の引渡し(民法182条1項)、簡易の引渡し(182条2項)、占有改定(183条)、指図による占有移転(184条)の4つの方法を定めています。本判決は、即時取得の要件である192条の「占有」は、従来の占有状態に変更を生じることが外観からみて分かるものでなければならないとの理由で、占有改定は「占有」に含まれないとし、Xの上告を棄却しました。
◆この分野の重要判例
指図による占有移転と即時取得 (最判昭57.9.7)
原審が確定した事実関係によれば、(1)訴外D国際貿易株式会社(以下「D国際」という。)は、E法人から本件豚肉の引き渡しを受けてこれを訴外F水産株式会社(以下「F水産」という。)に寄託したが、これより先D国際は右豚肉を訴外G銀株式会社丙商店(以下「F商店」という。)に売り渡し、F商店はこれをXに転売していたので、D国際がF商店に、いずれも売買の目的物である右豚肉を引き渡す手段として、それぞれ受益者であるE水産宛に右豚肉を譲受人に引き渡すことを依頼する旨を記載した寄託物返還請求書を交付し、その正本をE水産に、副本を各買受人に交付し、右正本の交付を受けたE水産は、寄託者たる売主の意思を確認するなどして、その寄託者依頼の受託者名義をD国際からF商店に、F商店からXへと変更した。(2)昭和48年当時京浜地区における冷凍豚肉倉庫業者の間、冷凍倉庫業者間において、冷凍倉庫業者は、寄託者である売主が発行する正式の譲渡流通指図書のうちの1通の呈示若しくは送付を受けると、寄託者の意思を確認する措置を講じたうえ、寄託者台帳上の寄託者名義を右指図書記載の被指図人に変更する手続をとり、売買当事者間においては、右名義変更によって目的物の引渡が完了したものとして処理することが広く行われていた、というのである。そして、右事実関係のもとにおいて、Xが右寄託者台帳上の寄託者名義の変更によりF商店から本件豚肉につき占有代理権をE水産とする指図による占有移転を受けたことによって民法192条にいう占有を取得したものであるとした原審の判断は、正当として是認することができる。
解説
本件は、Dが倉庫業者Eに寄託している豚肉が、DからF、FからXへと売却され、いずれの売却においても指図による占有移転によって引渡しがされたという事案です。Dが豚肉の所有者ではなかったため、Xが豚肉を即時取得できるかが問題となりました。本判決は、本件事案の下では、寄託者が倉庫業者に対して発行した寄託指図書に基づいて倉庫業者が寄託者台帳上の寄託者名義を変更することによって指図による占有移転(民法184条)がなされ、これにより目的物の引渡が完了したとするという商慣行が行われていたことを指摘して即時取得の成立を認めました。
過去問
AがBから動産を買い受け、占有改定の方法で引渡しを受けたが、その後、CもAから当該動産を買い受け、占有改定の方法で引渡しを受けた場合、CがAのBに対する動産の売却について善意無過失であっても、Bは、当該動産の所有権をCに対抗することができる。
(公務員2022年)
A所有の不動産につき無権利のBがCに甲動産を寄託している場合において、Bが、Bの無権利につき善意無過失のDに甲動産を売却し、Cに対して以後Dのためにこれを占有することを命じ、Cがこれを承諾したときは、甲動産を即時取得することができる。
(公務員2022年)
最高裁判所の判例では、寄託者が倉庫業者に対して発行した寄託指図書に基づき倉庫業者が受託台帳上の寄託者名義を変更して、寄託の目的物の譲受人が指図による占有移転を受けた場合は、即時取得の適用はないとした。
(公務員2017年)
AがBから動産を買い受けたことにより、Aは、無権利者となります。その後無権利者Aから当該動産を買い受けたCは、占有改定の方法で引渡しを受けただけでは当該動産を即時取得することができません(最判昭35.2.11)。そして、即時取得としての引渡し(民法178条)は占有改定の方法でもよいので、Bは、当該動産の所有権をCに対抗することができません。
Bが、Cに対して以後Dのために甲動産を占有することを命じ、Cがこれを承諾したことで、Dは、指図による占有移転(民法184条)により甲動産の占有を取得します。この場合、Dは、甲動産を即時取得することができます(最判昭57.9.7)。
最高裁判所の判例は、本設問のような事案において、指図による占有移転による即時取得を認めています(最判昭57.9.7)。
盗品等の占有者(最判平12.6.27)
■事件の概要
Xは、その所有する中古土木機械(本件機械)をAに盗取された。その後、Yは、中古土木機械の販売業者Bから本件機械を300万円で購入し、代金を支払って引渡しを受けたが、購入の際、Bに本件機械の処分権限があると信じ、かつ、そのように信ずるにつき過失がなかった。Yが本件機械を占有し使用していたところ、Xは、Yに対し、所有権に基づいて本件機械の返還と返還までの使用利益相当額の金員の支払を求める訴えを提起した。これに対し、Yは、右金員の支払義務を争うとともに、民法194条に基づき、Xが300万円の代価の弁償をしない限り本件機械は引き渡さないと主張した。
判例ナビ
第1審は、Yに対して、Xから300万円の支払を受けるのと引換えに本件機械をXに引き渡すよう命じるとともに、Yには本件訴え提起後の日から本件機械の使用によって得た利益を不当利得としてXに返還する義務があると、本件機械を引き渡すまで1か月30万円の割合による金員の支払を命じました。これに対し、Yが控訴をし、Xが附帯控訴をしました。控訴審において、Yは、第1審判決によって命じられた使用利益相当額の負担が増大することを避けるため、代価の支払を受けないまま本件機械をXに引き渡しました。そこで、Xは、引渡請求に係る訴えを取り下げた上で、請求額を本件訴え提起の日から本件機械引渡しの日まで1か月40万円の割合により計算した額に変更し、一方、Yは、代価弁償としての300万円と遅延損害金等の支払を求める反訴を提起しました。
■裁判所の判断
盗品又は遺失物(以下「盗品等」という。)の占有者又は遺失主(以下「被害者等」という。)が盗品等の占有者に対してその回復の請求をしたのに対し、占有者が民法194条に基づき支払った代価の弁償があるまで盗品等の引渡しを拒むことができる場合には、占有者は、右代価の提供があるまで盗品等の使用収益を行う権限を有すると解するのが相当である。けだし、民法194条は、盗品等を競売若しくは公の市場において又はその物と同種の物を販売する商人から買い受けた占有者が同法192条所定の要件を備えるときは、被害者等は占有者が支払った代価を弁償しなければその物の回復をすることができないとすることによって、占有者と被害者等との保護の均衡を図った規定であるところ、被害者等の回復請求に対し占有者が民法194条に基づき盗品等の引渡しを拒む場合には、被害者等は、代価を弁償して盗品等を回復するか、盗品等の回復をあきらめるかを選択することができるのに対し、占有者は、被害者等が盗品等の回復をあきらめた場合には盗品等の所有者として占有権限の使用収益を享受し得るにもかかわらず、被害者等が代価の弁償を選択した場合には代価弁償以前の使用利益を喪失するというのでは、占有者の地位が不安定になるに甚だしく、両者の保護の均衡を図った同条の趣旨に反する結果となるからである。また、弁償される代価には利息は付されないと解されるところ、それとの均衡上占有者の使用収益を認めることが両者の公平に適うというべきである。
これを本件について見ると、Yは、民法194条に基づき代価の弁償があるまで本件機械を占有することができ、これを使用収益する権限を有していたものと解される。したがって、不当利得返還請求又は不法行為による損害賠償請求に基づくXの本訴請求には理由がない。
本件においては、Yは、本件機械の引渡しを求めるXの本訴請求に対して、代価の弁償がなければこれ引き渡さないとして争い、第1審判決がYの右主張を容れて代価の弁償と引換えに本件機械の引渡しを命じたものの、右判決が命じた使用利益の返還義務の負担の増大を避けるため、控訴審中に代価の弁償を受けることなく本件機械をXに返還し、反訴を提起したというのである。右の一連の経過からすると、Xは、本件機械の回復をあきらめるか、代価の弁償をしてこれを回復するかを選択し得る状況下において、後者を選択し、本件機械の引渡しを受けたものと解すべきである。このような事情にかんがみると、Yは、本件機械の返還後においても、なお民法194条に基づきXに対して代価の弁償を請求することができるものと解するのが相当である。…そして、代価弁償債務は期限の定めのない債務であるから、民法412条3項によりYはXから履行の請求を受けた時から遅滞の責を負うべきであり、Yが本件機械の引渡しに係る前訴の経緯からすると、右引渡しの時に、代価の弁償を求めるYの意思がXに対して示され、履行の請求がされたものと解するのが相当である。
解説
本件では、盗品等の占有者が民法194条に基づいて支払った代価の弁償があるまで盗品等の引渡しを拒むことができる場合において、盗品等の占有者は、①代価弁償の提供があるまで盗品等を使用収益することができるか、また、②盗品等を被害者に返還した後も代価弁償を請求することができるかが問題となり、本判決は、いずれも肯定しました。
過去問
Aが盗品であるパソコンを競売によって取得し占有している場合、Aは、その占有開始時において当該パソコンが盗品であることにつき善意・無過失であれば、被害者であるBから当該パソコンの返還請求を受けたとしても、買受代金相当額の支払を受けるまでは、当該請求を拒むことができ、また、当該パソコンの使用収益を行う権限を有する
(公務員2020年)
A所有の腕時計が盗まれ、その事実について善意無過失のBが、Cの市場において甲時計を買い受けた。この場合において、Bは、Aから甲時計の回復請求を求められたとしても、代価の弁償の提供があるまで、甲時計を無償で使用する権限を有する。
(司法書士2019年)
盗品等の占有者が占有者に対して盗品の返還請求をした場合であっても、占有者は、民法194条に基づいて支払った代価の弁償があるまで盗品の引渡しを拒むことができる場合には、弁償の提供があるまで盗品の使用収益を行う権限を有します(最判平12.6.27)。
Bは、甲時計を善意取得します(民法192条)。Aは、Bに対し甲時計の回復を請求することができますが、Bは、代価の弁償の提供があるまで甲時計の使用収益を行う権限を有します(最判平12.6.27)。
即時取得(民法192条)とは、無権利者を権利者と信頼して動産に関する権利を取得する者を保護するための制度であり、善意取得ともいいます。民法192条の要件を満たすと、動産の占有者は、原則として、当該動産の所有権等を取得することができます。ただし、当該動産が盗品または遺失物である場合には、後述の被害者、遺失者に回復請求が認められています(193条)。
占有改定と即時取得 (最判昭35.2.11)
■事件の概要
Xは、Aとの間で、Yが所有する発電機(本件動産)の売買契約を締結した。この契約には、「Aが期日までに代金を支払わないときは、契約は無効となる」旨の定めがあったが、Aが期日までに代金を支払わなかったため、当該契約は無効になった。しかし、Aは、自分を本件動産の所有者であると信じ、そう信じたことに過失のないXに本件動産を売却し、占有改定の方法により引き渡した。一方、本件動産をXに売却することができなかったYは、本件動産をZに売却し、現実に引き渡した。
判例ナビ
Xは、本件動産をZの下から運び出そうとしましたが、Yに阻止され、Zがこれを持ち去ったため、YとZに対し、本件動産の所有権の確認と引渡しを求める訴えを提起しました。訴訟において、Xは、占有改定を民法192条の「占有」に含まれるから、本件動産を即時取得すると主張しましたが、第1審、控訴審ともに、Xの請求を棄却したため、Xが上告しました。
■無権利者の判断
無権利者から動産の譲渡を受けた場合において、譲受人が民法192条によりその所有権を取得しうるためには、一般外観上従来の占有状態に変動を生ずるがごとき占有を取得することを要し、かかる状態に一般外観上変動なきいわゆる占有改定の方法による取得をもっては足らないものといわなければならない。
解説
民法は、占有取得の方法として、現実の引渡し(民法182条1項)、簡易の引渡し(182条2項)、占有改定(183条)、指図による占有移転(184条)の4つの方法を定めています。本判決は、即時取得の要件である192条の「占有」は、従来の占有状態に変更を生じることが外観からみて分かるものでなければならないとの理由で、占有改定は「占有」に含まれないとし、Xの上告を棄却しました。
◆この分野の重要判例
指図による占有移転と即時取得 (最判昭57.9.7)
原審が確定した事実関係によれば、(1)訴外D国際貿易株式会社(以下「D国際」という。)は、E法人から本件豚肉の引き渡しを受けてこれを訴外F水産株式会社(以下「F水産」という。)に寄託したが、これより先D国際は右豚肉を訴外G銀株式会社丙商店(以下「F商店」という。)に売り渡し、F商店はこれをXに転売していたので、D国際がF商店に、いずれも売買の目的物である右豚肉を引き渡す手段として、それぞれ受益者であるE水産宛に右豚肉を譲受人に引き渡すことを依頼する旨を記載した寄託物返還請求書を交付し、その正本をE水産に、副本を各買受人に交付し、右正本の交付を受けたE水産は、寄託者たる売主の意思を確認するなどして、その寄託者依頼の受託者名義をD国際からF商店に、F商店からXへと変更した。(2)昭和48年当時京浜地区における冷凍豚肉倉庫業者の間、冷凍倉庫業者間において、冷凍倉庫業者は、寄託者である売主が発行する正式の譲渡流通指図書のうちの1通の呈示若しくは送付を受けると、寄託者の意思を確認する措置を講じたうえ、寄託者台帳上の寄託者名義を右指図書記載の被指図人に変更する手続をとり、売買当事者間においては、右名義変更によって目的物の引渡が完了したものとして処理することが広く行われていた、というのである。そして、右事実関係のもとにおいて、Xが右寄託者台帳上の寄託者名義の変更によりF商店から本件豚肉につき占有代理権をE水産とする指図による占有移転を受けたことによって民法192条にいう占有を取得したものであるとした原審の判断は、正当として是認することができる。
解説
本件は、Dが倉庫業者Eに寄託している豚肉が、DからF、FからXへと売却され、いずれの売却においても指図による占有移転によって引渡しがされたという事案です。Dが豚肉の所有者ではなかったため、Xが豚肉を即時取得できるかが問題となりました。本判決は、本件事案の下では、寄託者が倉庫業者に対して発行した寄託指図書に基づいて倉庫業者が寄託者台帳上の寄託者名義を変更することによって指図による占有移転(民法184条)がなされ、これにより目的物の引渡が完了したとするという商慣行が行われていたことを指摘して即時取得の成立を認めました。
過去問
AがBから動産を買い受け、占有改定の方法で引渡しを受けたが、その後、CもAから当該動産を買い受け、占有改定の方法で引渡しを受けた場合、CがAのBに対する動産の売却について善意無過失であっても、Bは、当該動産の所有権をCに対抗することができる。
(公務員2022年)
A所有の不動産につき無権利のBがCに甲動産を寄託している場合において、Bが、Bの無権利につき善意無過失のDに甲動産を売却し、Cに対して以後Dのためにこれを占有することを命じ、Cがこれを承諾したときは、甲動産を即時取得することができる。
(公務員2022年)
最高裁判所の判例では、寄託者が倉庫業者に対して発行した寄託指図書に基づき倉庫業者が受託台帳上の寄託者名義を変更して、寄託の目的物の譲受人が指図による占有移転を受けた場合は、即時取得の適用はないとした。
(公務員2017年)
AがBから動産を買い受けたことにより、Aは、無権利者となります。その後無権利者Aから当該動産を買い受けたCは、占有改定の方法で引渡しを受けただけでは当該動産を即時取得することができません(最判昭35.2.11)。そして、即時取得としての引渡し(民法178条)は占有改定の方法でもよいので、Bは、当該動産の所有権をCに対抗することができません。
Bが、Cに対して以後Dのために甲動産を占有することを命じ、Cがこれを承諾したことで、Dは、指図による占有移転(民法184条)により甲動産の占有を取得します。この場合、Dは、甲動産を即時取得することができます(最判昭57.9.7)。
最高裁判所の判例は、本設問のような事案において、指図による占有移転による即時取得を認めています(最判昭57.9.7)。
盗品等の占有者(最判平12.6.27)
■事件の概要
Xは、その所有する中古土木機械(本件機械)をAに盗取された。その後、Yは、中古土木機械の販売業者Bから本件機械を300万円で購入し、代金を支払って引渡しを受けたが、購入の際、Bに本件機械の処分権限があると信じ、かつ、そのように信ずるにつき過失がなかった。Yが本件機械を占有し使用していたところ、Xは、Yに対し、所有権に基づいて本件機械の返還と返還までの使用利益相当額の金員の支払を求める訴えを提起した。これに対し、Yは、右金員の支払義務を争うとともに、民法194条に基づき、Xが300万円の代価の弁償をしない限り本件機械は引き渡さないと主張した。
判例ナビ
第1審は、Yに対して、Xから300万円の支払を受けるのと引換えに本件機械をXに引き渡すよう命じるとともに、Yには本件訴え提起後の日から本件機械の使用によって得た利益を不当利得としてXに返還する義務があると、本件機械を引き渡すまで1か月30万円の割合による金員の支払を命じました。これに対し、Yが控訴をし、Xが附帯控訴をしました。控訴審において、Yは、第1審判決によって命じられた使用利益相当額の負担が増大することを避けるため、代価の支払を受けないまま本件機械をXに引き渡しました。そこで、Xは、引渡請求に係る訴えを取り下げた上で、請求額を本件訴え提起の日から本件機械引渡しの日まで1か月40万円の割合により計算した額に変更し、一方、Yは、代価弁償としての300万円と遅延損害金等の支払を求める反訴を提起しました。
■裁判所の判断
盗品又は遺失物(以下「盗品等」という。)の占有者又は遺失主(以下「被害者等」という。)が盗品等の占有者に対してその回復の請求をしたのに対し、占有者が民法194条に基づき支払った代価の弁償があるまで盗品等の引渡しを拒むことができる場合には、占有者は、右代価の提供があるまで盗品等の使用収益を行う権限を有すると解するのが相当である。けだし、民法194条は、盗品等を競売若しくは公の市場において又はその物と同種の物を販売する商人から買い受けた占有者が同法192条所定の要件を備えるときは、被害者等は占有者が支払った代価を弁償しなければその物の回復をすることができないとすることによって、占有者と被害者等との保護の均衡を図った規定であるところ、被害者等の回復請求に対し占有者が民法194条に基づき盗品等の引渡しを拒む場合には、被害者等は、代価を弁償して盗品等を回復するか、盗品等の回復をあきらめるかを選択することができるのに対し、占有者は、被害者等が盗品等の回復をあきらめた場合には盗品等の所有者として占有権限の使用収益を享受し得るにもかかわらず、被害者等が代価の弁償を選択した場合には代価弁償以前の使用利益を喪失するというのでは、占有者の地位が不安定になるに甚だしく、両者の保護の均衡を図った同条の趣旨に反する結果となるからである。また、弁償される代価には利息は付されないと解されるところ、それとの均衡上占有者の使用収益を認めることが両者の公平に適うというべきである。
これを本件について見ると、Yは、民法194条に基づき代価の弁償があるまで本件機械を占有することができ、これを使用収益する権限を有していたものと解される。したがって、不当利得返還請求又は不法行為による損害賠償請求に基づくXの本訴請求には理由がない。
本件においては、Yは、本件機械の引渡しを求めるXの本訴請求に対して、代価の弁償がなければこれ引き渡さないとして争い、第1審判決がYの右主張を容れて代価の弁償と引換えに本件機械の引渡しを命じたものの、右判決が命じた使用利益の返還義務の負担の増大を避けるため、控訴審中に代価の弁償を受けることなく本件機械をXに返還し、反訴を提起したというのである。右の一連の経過からすると、Xは、本件機械の回復をあきらめるか、代価の弁償をしてこれを回復するかを選択し得る状況下において、後者を選択し、本件機械の引渡しを受けたものと解すべきである。このような事情にかんがみると、Yは、本件機械の返還後においても、なお民法194条に基づきXに対して代価の弁償を請求することができるものと解するのが相当である。…そして、代価弁償債務は期限の定めのない債務であるから、民法412条3項によりYはXから履行の請求を受けた時から遅滞の責を負うべきであり、Yが本件機械の引渡しに係る前訴の経緯からすると、右引渡しの時に、代価の弁償を求めるYの意思がXに対して示され、履行の請求がされたものと解するのが相当である。
解説
本件では、盗品等の占有者が民法194条に基づいて支払った代価の弁償があるまで盗品等の引渡しを拒むことができる場合において、盗品等の占有者は、①代価弁償の提供があるまで盗品等を使用収益することができるか、また、②盗品等を被害者に返還した後も代価弁償を請求することができるかが問題となり、本判決は、いずれも肯定しました。
過去問
Aが盗品であるパソコンを競売によって取得し占有している場合、Aは、その占有開始時において当該パソコンが盗品であることにつき善意・無過失であれば、被害者であるBから当該パソコンの返還請求を受けたとしても、買受代金相当額の支払を受けるまでは、当該請求を拒むことができ、また、当該パソコンの使用収益を行う権限を有する
(公務員2020年)
A所有の腕時計が盗まれ、その事実について善意無過失のBが、Cの市場において甲時計を買い受けた。この場合において、Bは、Aから甲時計の回復請求を求められたとしても、代価の弁償の提供があるまで、甲時計を無償で使用する権限を有する。
(司法書士2019年)
盗品等の占有者が占有者に対して盗品の返還請求をした場合であっても、占有者は、民法194条に基づいて支払った代価の弁償があるまで盗品の引渡しを拒むことができる場合には、弁償の提供があるまで盗品の使用収益を行う権限を有します(最判平12.6.27)。
Bは、甲時計を善意取得します(民法192条)。Aは、Bに対し甲時計の回復を請求することができますが、Bは、代価の弁償の提供があるまで甲時計の使用収益を行う権限を有します(最判平12.6.27)。